2021年1月にローンチした日本発のファッションジュエリーブランドduoctria(ドゥオクトリア)。一見すると、あらゆる枠組みに囚われず誰もが身につけることができるシンプルな印象のジュエリーに見えるが、 duoctriaの魅力はそれだけではない。部分的に異なったテクスチャーを持たせることで、見る角度と着け方によって表情が変化する多面性を備えている。

その背景に秘められたデザイナーの哲学、ジュエリー1つ1つのプロセスは、確かなストーリーと意味を持ち、知れば知るほどジュエリーに対する愛着を深める。

designer biographyでは、duoctriaのデザイナー稲井つばさのルーツや感性に迫り、デザインの背景を探る。

───まずはじめに、生まれ育った環境について教えてください。

幼少期は沖縄の阿嘉島という小さな島の海のそばで育ち、その後、両親の仕事の都合で本島へ移住しました。当時はかなりお転婆で、母が仕事の際によく祖父母の家に預けられていたのですが、隙あらば家から脱走し、迷子になってパトカーで保護されることもあったほど自由奔放だったみたいです(笑)

───今からは想像がつかないですね(笑) ほかにはどんな思い出が?

いま考えると贅沢ですが、父方の祖母が趣味で作ったミニチュアのドールハウスで遊んだり、母方の祖父母が刺繍店を営んでいたので、訪れる度に刺繍用の大きな型紙に絵を描いたり、足踏みミシンで遊んだりしていました。そんな環境もあり、もの心ついた時から絵を描くことや、小さなものをまじまじと眺めることが好きでしたね。

───この小さなきっかけの積み重ねが「duoctria」のジュエリーを語る上で欠かすことのできないドローイングと造形の基礎になったのかもしれないですね。

───duoctria」のジュエリーは身に着ける前と後では大きく印象が異なります。洗練されたデザインというのはもとより、着けごこちの良さ、どの角度から見ても美しい造形としての美、つばささんの追求心が生んだ賜物なんだと気付かされます。その後も美術への関心は深まっていったのでしょうか。

そうですね。その後もずっと絵ばかりを描いていたので美術全般が学べる高校に進学しました。大学へは当時の短略的思考で「とりあえず上を目指す!」というところで東京藝術大学、武蔵野美術大学、多摩美術大学のいずれかと考え、校風が合っていそうな武蔵美を選びました。だいぶ直感的でしたがそれで良かったなと思っています。

───実際に入学してみて武蔵野美術大学はどんなところでしたか?

いい意味で放任主義的で戸惑う時期もありましたが心地良かったです。周りの学生や教授もおもしろい人たちばかりで良い刺激になりました。あとは春休みと冬休みが長かったので、一人旅にハマっていました。

─── 一人旅はどんなところへ?

ラオスやインド、メキシコなど、それぞれ1ヶ月近く滞在しました。ドイツ、オランダ、スペインも訪れましたが、どの国も文化的に特色があって興味深く感じました。また、国内も京都をはじめ様々なところを訪れましたが、好奇心の赴くままに工芸やアート、歴史的なものまで多くの物を見ることができたと思います。コロナが収束したらまたいろんなところへ行きたいですね。

───つばささんはファッションやアートにも精通されていますね。それぞれ興味を持ったきっかけと、影響を受けたデザイナーやアーティストを教えてください。

多数あるのでなるべくそれぞれかいつまんで答えると、ファッションへの興味は偶然「ファッション通信」というテレビ番組で「Maison Martin Margiela」のランウェイを見て衝撃を受けたことがきっかけで興味を持ちました。彫刻はヘンリー・ムーアやイサム・ノグチののびやかで温かい、人間味のある造形を見て好きになりましたが、アルベルト・ジャコメッティの対象の捉え方にも感銘を受けました。近年で影響を受けたのは、リー・キットのインスタレーション作品で、観賞というより体感した時のことが心に残っています。尊敬している方は、日本人で女性の表現者として世界的に活躍をされている川久保玲さん、草間彌生さん。また、岡本太郎さんの著書にも表現を続ける上でとても勇気づけられました。著書というと、タイポグラフィの巨匠、エミール・ルーダーの「本質的なこと」の中で述べられているデザイン論など、さまざまな人の思考・哲学にも興味を持っています。

Antoni Gaudi – Casa Batlló

───表現者としてファッションデザイナーやアーティストの道もある中で、ジュエリーデザイナーを志したのはなぜですか。

大学では工芸工業デザイン学科というプロダクトや工芸を学べる学科に在籍していたのですが、基礎的にさまざまな素材に触れていくなかで、金属工芸に出会ったことがきっかけでした。その金属を用いて自分自身の表現も取り入れられる仕事と考えた時に、ジュエリーデザイナーが適しているのではないかと思ってのことでした。

───武蔵野美術大学を卒業してから入られたジュエリー工房兼ショップは、どんなところでしたか。経験したことも教えてください。

個人経営のお店で接客から制作、その他の事務的なことまで担当していました。お客様との距離が近く、常連さんも多いお店だったので、人が長期的に身に着けることを考えた上で制作に取り組めたことや、小さなものでも身に着けることでその人の雰囲気が変わって見えたことがとても印象的でした。

───工房での経験を経て、自身で「neutra」をはじめるに至った経緯はなんでしょう。

独立当初はオーダーメイドだけで細々と生きていこうと思っていましたが、うまくいきませんでした。そこで、そもそも人から依頼をいただく立場である私自身がどんな物を作れるのかを具体的にわかる形で社会に提示していく必要があるなと思い、「neutra」を立ち上げました。

───自身の作品としてではなくお客様のため、初めて1つのビジネスとしてジュエリーを制作した時に苦戦したことや、学んだこと、改めてジュエリー制作で大事だと思ったことなどありますか。

オーダーメイドではお客様の意向を汲みながら制作をしますが、その際に自分の中にはない表現や技術が必要になることもあるので、そこが難しくも楽しいところだと思います。また、ブランドのアイテムでは、自分の作りたい形と着けやすさ、使いやすさを両立させることはいつも念頭に置いて制作しています。

───つばささんがジュエリーを作る上で、インスピレーションにしているものはなんでしょうか。

正直これといった直接的なインスピレーションはあまりなく、生活の中で見聞きしたものや観賞した作品、生きる上で知覚した様々な物事の蓄積からその時に求めるものを形作っていく、と言ったほうが正確かもしれません。あとは就寝時以外、常に何かしらは考えていると思うので、何かの拍子に発想に転じることも多いです。意識しすぎるとかえって大切な部分を見落とすような気がするので、なるべく普段からなんでも純粋に面白がるようにして、自分なりに改めて解釈し直すことが起点だと思います。

───カスタムオーダージュエリーを展開する「neutra」と、ファッションジュエリーを展開する「duoctria」、共通する点と異なる点はどこでしょうか?

共通するのは着け心地の良さとデザインにコンセプトを持つということです。前者は私自身がもともとは指輪をつけるのが苦手だった事が大きく、後者はジュエリー自体がスケールの小さいものなので、どうしても一見類似しやすく、形に対する説得力という意味での強度が必要だと考えてのことです。異なる点は、起点が自発的なものか、受動的なものかという点や、造形における自由度かなと思います。

───指輪をつけることが苦手だったんですね。

指輪の締めつけ感が苦手でした(笑)あとは市場に出ているモノで着けたいと思うモノがあまりなかったことも理由だったかもしれませんが、大学でアートジュエリーと出会えたことは一番大きな転機だったと思います。また、ハイジュエリーのきらびやかなイメージも苦手だったのですが、ジュエリーショップで働きはじめ、石にも多様な個性があり、カッティングがそれを引き出すことを知ってから好きになりました。素材らしさが表れている物が好きなのかもしれないです。

───私自身「duoctria」と出会うまではジュエリーに親しみがなく、指輪の締め付け感も苦手な人間でした。だからこそ「duoctria」のジュエリーを初めて身につけた時は驚きました。素材の特性を生かした着け心地の良さと、念密に計算された多面性のあるデザインが共存していますね。

毎日でも使えるような使いやすさと着け心地は意識して制作していたので、そう感じて頂けて嬉しいですね。この他にも、デザインに提案性があるものか、どんな人が身に付けても美しく馴染むものか、といった要素がバランスよく共存するものになるよう心がけています。人のように一言では括れない、多面的なところが「duoctria」らしさだと思っています。